2013.9.5
出雲大社参拝の前に島根県立古代出雲歴史博物館を訪問。この博物館は、フラッシュ・三脚禁止だが撮影可能。ブログへの掲載も窓口の係員の方に確認したところOKということでした。

※館内は暗く、手持ち撮影なので手振れしましたが、その中でも上手く撮れたものを少々。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆
鎌倉時代(13世紀)の出雲大社の復元建築模型が、いくつか展示されていました・・紹介順にどんどん大きくなって行きます。
①三浦 正幸博士の復元案(縮尺1/50)・全長37.385m・最大幅22.141m・総高27.272m・階段角度45度

②浅川 滋男博士の復元案(縮尺1/50)・全長42.064m・最大幅23.336m・総高41.814m・階段角度55度

③黒田 龍二博士の復元案(縮尺1/50)・全長49.061m・最大幅24.95m・総高43.765m・階段角度45度

④左・・宮本 長次郎博士の復元案(縮尺1/50)・全長127.3m・最大幅23m・総高47.9m・階段角度17度
⑤右・・藤澤 彰博士の復元案(縮尺1/50)・全長129.59m・最大幅20m・総高48m・階段角度16度

⑤藤澤博士案 単体。やはりこれくらいは欲しいですね。びよ~ん。

どうでしょう各先生方。ここは男の浪漫も鑑み、一番巨大な案をまず本命にしませんか?
・‥…━━━☆・‥…━━━☆
出雲大社参拝の前に島根県立古代出雲歴史博物館を訪問。この博物館は、フラッシュ・三脚禁止だが撮影可能。ブログへの掲載も窓口の係員の方に確認したところOKということでした。

※館内は暗く、手持ち撮影なので手振れしましたが、その中でも上手く撮れたものを少々。
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鎌倉時代(13世紀)の出雲大社の復元建築模型が、いくつか展示されていました・・紹介順にどんどん大きくなって行きます。
①三浦 正幸博士の復元案(縮尺1/50)・全長37.385m・最大幅22.141m・総高27.272m・階段角度45度

②浅川 滋男博士の復元案(縮尺1/50)・全長42.064m・最大幅23.336m・総高41.814m・階段角度55度

③黒田 龍二博士の復元案(縮尺1/50)・全長49.061m・最大幅24.95m・総高43.765m・階段角度45度

④左・・宮本 長次郎博士の復元案(縮尺1/50)・全長127.3m・最大幅23m・総高47.9m・階段角度17度
⑤右・・藤澤 彰博士の復元案(縮尺1/50)・全長129.59m・最大幅20m・総高48m・階段角度16度

⑤藤澤博士案 単体。やはりこれくらいは欲しいですね。びよ~ん。

どうでしょう各先生方。ここは男の浪漫も鑑み、一番巨大な案をまず本命にしませんか?
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次は平安時代の出雲大社本殿1/10模型。10世紀に『雲太』ともよばれる高さ16丈(約48m)という日本一高大な本殿があったという学説に基いた模型。中心の柱(心御柱)の直径は約3.6m・階段の長さは約109m

1/10でもかなりの大きさですが、この写真だとスケール感がわかりませんね・・

・‥…━━━☆・‥…━━━☆
ここは青銅器や銅鐸・刀剣類等の展示品が非常に多い。国宝も数多く展示されていましたが、個人的にはほとんど興味が出ませんでした。申し訳ございません。適当に上手く撮れた写真を載せます。

国宝:23号銅鐸 雲南市加茂岩倉遺跡 弥生時代(紀元前2~1世紀)、シカやイノシシと想定される動物が描かれています。

これも加茂岩倉遺跡の銅鐸

説明文に「卑弥呼の鏡」かと記載。
銘文に「景初3年」の文字がある三角縁神獣鏡。景初3年(239年)は卑弥呼が魏に使いを送り、100枚を賜った年といわれている。全国に2面しか知られていないという。

葬送用の土器らしい。今、葬送時にこんな器を使ったら怒られますね。怒られたら「古代からの由緒正しい器に何を言うか!」と切れるのも、面白いかも知れません。

安芸市かわらけ谷横穴墓群 古墳時代(6~7世紀)
大正14(1925)年発見の際には刀身が鞘から引き抜けた程、良い保存状態で発見されたもの。確かに1300年以上経過しているにも関わらず、この素晴らしい輝きを放つとは驚くに他が無い。

3世紀の用途の分からない土器だそうです。その前にその他の土器の用途が判明している事が驚きです。

続き

1/10でもかなりの大きさですが、この写真だとスケール感がわかりませんね・・

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ここは青銅器や銅鐸・刀剣類等の展示品が非常に多い。国宝も数多く展示されていましたが、個人的にはほとんど興味が出ませんでした。申し訳ございません。適当に上手く撮れた写真を載せます。

国宝:23号銅鐸 雲南市加茂岩倉遺跡 弥生時代(紀元前2~1世紀)、シカやイノシシと想定される動物が描かれています。

これも加茂岩倉遺跡の銅鐸

説明文に「卑弥呼の鏡」かと記載。
銘文に「景初3年」の文字がある三角縁神獣鏡。景初3年(239年)は卑弥呼が魏に使いを送り、100枚を賜った年といわれている。全国に2面しか知られていないという。

葬送用の土器らしい。今、葬送時にこんな器を使ったら怒られますね。怒られたら「古代からの由緒正しい器に何を言うか!」と切れるのも、面白いかも知れません。

安芸市かわらけ谷横穴墓群 古墳時代(6~7世紀)
大正14(1925)年発見の際には刀身が鞘から引き抜けた程、良い保存状態で発見されたもの。確かに1300年以上経過しているにも関わらず、この素晴らしい輝きを放つとは驚くに他が無い。

3世紀の用途の分からない土器だそうです。その前にその他の土器の用途が判明している事が驚きです。

「貴様ごとき、この黒王号の上で十分だ」

一畑電車の北松江駅(現:松江しんじ湖温泉駅)で使われていた物。

改札。

ここに体入れておけば良かった。と少し後悔しました。

古代史・考古学が好きな方は、この古代出雲歴史博物館見学を是非お勧めします。古代の風俗・当時の人々の暮らしの再現等々、出雲大社参拝とこの博物館見学で大げさでなく丸一日掛かります。それほど充実した博物館であり「国宝」と説明文に書かれた展示品も多くありました。
しかしながら、個人的には出雲大社の模型の大きさと、一畑電車関連の展示が最も心に残り、見学時間も1時間掛からなかったという非常に残念な結果となってしまいました。
この日は・・山陰へ.3日目①(一畑電車)
以上

一畑電車の北松江駅(現:松江しんじ湖温泉駅)で使われていた物。

改札。

ここに体入れておけば良かった。と少し後悔しました。

古代史・考古学が好きな方は、この古代出雲歴史博物館見学を是非お勧めします。古代の風俗・当時の人々の暮らしの再現等々、出雲大社参拝とこの博物館見学で大げさでなく丸一日掛かります。それほど充実した博物館であり「国宝」と説明文に書かれた展示品も多くありました。
しかしながら、個人的には出雲大社の模型の大きさと、一畑電車関連の展示が最も心に残り、見学時間も1時間掛からなかったという非常に残念な結果となってしまいました。
この日は・・山陰へ.3日目①(一畑電車)
以上
