2016.12.31

 の続き。

後編は江見駅の続きとお隣の太海駅です。
江見駅近くのスクールゾーンには鳥居があって何となく安全そうです。
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鳥居の先の(旧)江見小学校・・江見幼稚園も敷地内にあったが残念ながら廃校になってました。
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2015年3月27日付の千葉日報オンラインによると、
閉校する江見小学校(児童52人)は1874(明治7)年、西江見の浄照寺に設置された西江見小学校までたどることができる。5年後に青木小学校と合併。92(明治25)年に江見尋常小学校となり、94(明治27)年現在の位置に移った。1907(明治40)年には441人の児童が学び、140年の歴史で2724人の卒業生を送り出した。
ということである。
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閉校になってまだ2年経ってないのか・・この大きな校舎で閉校時は52人だったとはずいぶん寂しいですな。図画工作室ではなく図画室・工作室と別々でも余裕だろう。
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何故か校舎の前にあった相当年季の入ったボロボロの丸型ポスト。
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アニマル パンダは良く目にするが像(サーカス仕様?)は珍しいかも知れない。
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ということで江見駅に戻ってきました。
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2番線の開放型の待合スペースも小粋です。
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続く
お次はお隣の太海駅。
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駅舎内の観光案内はいつの時代のものでしょう。
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駅前のタクシー乗り場の地図が白くなりすぎて分かりません。そして主要目的地に行くまでの目安値段が書いてないのだが・・これじゃただのJRの路線図である。
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10ヵ月払い・・鴨川の三笠百貨店 ネットで検索しても何も出てきません。
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と・・・その横にマルフク看板。
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その横のカットサロン山下。
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ここも1時間ほど時間があるので駅前を少々散歩します。相当古いお屋敷の廃屋だが、門構えもこれまた立派であります。太海の漁港は黒潮の影響で古くから良好な漁場で、イワシ漁船や鰹漁船、江戸時代には江戸の市場に運んだ快速の押送船もあったそうです。
先ほど訪れたお隣の江見駅前に比べると、格段にこの太海駅前の方が家屋が密集しています。
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木々の間から見える太海の海。この辺りはやたらに車も入れない小道が多いうえに曲がりくねっているので、自分がどこにいるのか分からなくなってしまいます。
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ここで江見の三原屋で買った菓子パンを食べる。海はとても穏やかでした。
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漁獲金額を調べてみると鴨川市は千葉県全体の15%くらい。千葉には日本一の水揚げ高を誇る銚子港があるので一位は銚子市でしょうな。
キャプチャ


ここ県道247号線と海に挟まれた住宅地は軽自動車ギリギリの道も多く曲がりくねっていて更にアップダウンも激しい。もちろん全てを見たわけではないが、ここ以外の内房線沿いの港では見られない風景です。
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そしてマルフク看板。
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千葉主婦同盟・・HUはハウスワイフ ユニオンの略かな?右には四葉のクローバー?があって武力解決を望む組織ではなさそうなので一安心。
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というとで駅に戻ってきました。駅名標がよろしいようで。この駅舎の裏(線路の向こう)には国道128号線(外房黒潮ライン)があるのだが、改札が無いのでそっちに出るにはわざわざ駅横のアンダーパスを通らなければなりません。
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なので普通に外房黒潮ラインをドライブしていると、この太海の特徴的な海沿いの街並みには一切気付かずに通り過ぎてしまうことでしょう。
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改札の内側に窓口がありました。スイカが主流になる前は、海水浴や釣りに来た人達の精算が多かったのでしょうか。
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駅の高架橋から見る太海駅はまさに南国。この後は鴨川経由の外房線で帰宅いたしました。
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以上
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終わり。