2017.3.3
広島県三次市(これで「みよし」と読みます)のみよし本通り商店街は「うだつ(卯建)のにあう町」をスローガンにしていて、2007年に石畳街路1.4kmが完成して電柱も地下化したんだとか。

話し的にはこの続きです↓

  

現地の説明文によると・・
三次町の歴史は天正19年(1591年)に毛利氏の家臣でこの地方の領主であった三吉氏が、三次町北側にある比熊山へ城を移し、定期市をつくった事に始まった。そして川船交通の発展に伴って、市が商人街となって今の三次本通りを形成した。
その後、江戸初期の寛永9年(1632年)に三次浅野支藩が生まれ、町を囲む川を天然の堀に見立てた総郭型の城下町としての整備を行い現在の町の基盤を作った。

ということです。(下の方は消えかかっていて読めん・・)
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地図をみると確かにこのエリアは江の川と馬洗川と西城川に囲まれていて、まさに天然の堀といった感じである。
しかし昔の領主は三吉(みよし)で地名は三好でも三吉でもなくみよし三次(みよし)なのは何故でしょう。ついでに三次駅の隣は八次(やつぎ)駅なんですが・・・
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ただどうにも不思議なのが、現在の三好の中心部はここから馬洗川に掛かる巴橋を渡った先にあって、JR三次駅とは川を挟んで1.5キロほど離れているのである。
ということで再び地図を見て何となく分かったのが、芸備線の西三次駅(1915年・大正4年開業)と三次駅(1930年・昭和5年開業)の位置を見ると、元々の城下町エリアに鉄道を通すには大きな川を渡ってまた戻ってこなければならない。
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線形的にも無理がありそうだし金もかかるので、西三次から川を渡らずに東に進んだのでしょう。(勝手な想像ですが・・)

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ということで芸備線の待ち時間の4時間を利用して三次駅前の観光協会のレンタサイクルを借り、巴橋を渡って「みよし本通り商店街」の入口にある住吉神社に到着。
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「石畳の小路を歩きながら」と散策マップには書いてあるが、ここは抜け道になっているのか車が結構なスピードで通り抜けるので気が抜けない。おまけで電話しながら運転している奴までいましたよ・・
おそらく地元の方にとっては大したスピードではないのだろうが、関東から来た者にとっては怖いくらいのスピードです。散策どうのこう宣伝するならもっと車の流入を規制した方がよろしいかと。
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後ろに見えている赤い橋が巴橋。そして大変申し訳ないですが・・・うだつや袖壁を見るのが目的なら「みよし本通り商店街」の入口近くにある辺りが一番立派なので、奥まで行く必要は無いです。
これは本卯建(ほんうだつ)と袖卯建(そでうだつ)。
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とはいうものの道沿いには立派な袖壁をもつ商家が並んでおりました。屋号もユニーク。
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これらがマニア向けにわざと置いてあるのか、自然に置いてあるのか悩みました。
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「サン号自転車」
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エンジン技術の革命!スズキCCI(画期的な直接給油方式)
調べてみるとこれ1960年代のもので、この子はCCI坊やっていうらしい。DSC_0928
この看板があった建物自体も歴史を感じるものでした。
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ずいぶんと日焼けしてしまった看板 「大洋漁業特約店 伊達商店」
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こういう建物からも栄華がしのばれますな。
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白蘭酒造のえんとつかな。
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みよし本通り商店街はこんなもんでしょうか。

続く
ちょっと脇道に入ると「おにみみのかぜぐすり」
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非稼働自販機
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最後になりますが、この「みよし本通り商店街」の最寄駅は三江線の尾関山です。
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   へ続く。
以上
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この旅の行程


 

















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終わり