2017.6.4
平蔵の素掘りトンネルとか
大多喜の沈下橋とおまけ。
養老渓谷の素掘りトンネルふたつ。 の続きです。
君津市川谷に2つの素掘り。

「崩落注意」とあるが、これは奥の素掘りではなく、手前の古い橋への注意だろうか?
振り返ると、奥に見える県道32号線との高低差が結構あります。

ということで、おにぎりみたいな形をした一つ目の素掘りの内部にはLED照明もあって安心です。

ちゃんと舗装している割にちと道幅が狭すぎる気もするが、100mほど西にもっと広い道があるのでそっちメインなんでしょう。


・‥…━━━☆・‥…━━━☆
すぐに二つ目の素掘りがあります。上の竹がいかにも房総である。


こっちの素掘りの方が短いけど大きいですな。

続く
平蔵の素掘りトンネルとか
大多喜の沈下橋とおまけ。
養老渓谷の素掘りトンネルふたつ。 の続きです。
君津市川谷に2つの素掘り。

「崩落注意」とあるが、これは奥の素掘りではなく、手前の古い橋への注意だろうか?

振り返ると、奥に見える県道32号線との高低差が結構あります。

ということで、おにぎりみたいな形をした一つ目の素掘りの内部にはLED照明もあって安心です。

ちゃんと舗装している割にちと道幅が狭すぎる気もするが、100mほど西にもっと広い道があるのでそっちメインなんでしょう。


・‥…━━━☆・‥…━━━☆
すぐに二つ目の素掘りがあります。上の竹がいかにも房総である。


こっちの素掘りの方が短いけど大きいですな。

そのまま大福山方面に向かうと、怒田の小さな集落の中に廃校となった福野小学校がありました。

創立100周年と大書きされたとても立派な記念碑を見ると、明治34年(1901年)に久留里町立福野尋常小学校として設立し、平成14年(2002年)3月に100周年&閉校してます。閉校時の児童数は6名とある。

児童数は最初は21名、最盛期は昭和30年代末~40年代初頭の70名。昭和49年には「宿日直廃止」とあるので昔は先生の宿直があったのか・・とんでもなく静かで星の綺麗な夜だったんだろう。

平成9年には既に児童数は9名とかなり少なくなっているが、好意的に解釈すると100周年を迎える平成14年まで閉校しなかったということであろうか。

小さな校庭の真ん中には校舎を軽々と超える一本の木があるが、休み時間にこれに登って怒られた奴は必ずいただろう。

消えかけていて何だか良く分からん。

そういえば川谷の素掘りからここへ来る途中、山の中に突然に集落が出てきます。
その集落とこの福野小学校は2キロ以上もあるのだが、何個か通学路の看板がありました。2キロ以上もある山道を歩きで子供達は通っていたとすると、相当足が鍛えられそうです。

成長し続ける木々に埋もれてしまいそうな小さな校舎でした。

以上
□■□■□■□■□
房総半島の素掘りトンネル一覧
↓月崎あたり↓
月崎の素掘りトンネルとアートへ。
月崎の素掘りトンネルと大山千枚田へ(2013年8月)。
月崎(ついでに茂原)の素掘りトンネルへ(2013年9月)。
涼を求めて房総の素掘りトンネルへ(2015年8月)
↓市原市↓
素掘りの日天様トンネルへ。
上総大久保周辺の素掘りトンネルへ。
平蔵の素掘りトンネルとか
↓富津市↓
『燈籠坂大師貫通洞』へ。
竹岡駅から『燈籠坂大師貫通洞』へ。
富津市竹岡と金谷の素掘トンネルへ。
↓その他いろいろ↓
山根稲荷参道の素掘りトンネルへ。
長南町の素掘りトンネルへ。
『赤山地下壕跡(館山市)』へ。
館山の素掘りトンネルと赤山地下壕跡へ。
南房総市の素掘りトンネルへ。
↓茂原市↓
茂原市の素掘りトンネルへ(2015年6月・前編)
茂原市の素掘りトンネルへ(2015年6月・後編)
茂原市その他の素掘りトンネルへ(2015年6月・追記)
茂原市の素掘りトンネルへ(2017年5月)
↓君津市↓
君津市川谷の素掘りトンネルふたつと怒田の廃校。
君津市大坂と二入の素掘りトンネルへ。
君津市平田の素掘りトンネルと鹿野山観光へ。
千本城址(君津市)の素掘りトンネルへ
千本城址(君津市)の素掘りトンネルへ
君津市豊英の素掘りトンネルへ。
君津市豊英の素掘りトンネルへ。(もうひとつ)
石射太郎山あたりの素掘りトンネルへ
↓とりあえずダム↓
三島湖の素掘りトンネルへ。
三島湖の素掘りトンネルへ。(再訪)
三島ダム・戸面原ダム周辺と大山千枚田。
亀山湖と養老周辺の素掘りトンネルへ。
↓鵜原↓
房総 鵜原理想郷へ。(前編)
房総 鵜原理想郷へ。(中編)
房総 鵜原理想郷へ。(後編)
房総の海と素掘りと鵜原理想郷(前編)
房総の海と素掘りと鵜原理想郷(後編)
↓大多喜町とか↓
『会所の森 親水広場』の素掘りトンネルへ。
大多喜町小土呂の素掘りトンネルへ。
養老渓谷の素掘りトンネルふたつ。
↓大網白里↓
大網白里町の素掘りトンネルふたつ。
大網白里市砂田の素掘りトンネルとか(前編)
大網白里市砂田の素掘りトンネルとか(後編)
切通しもどうぞ。
土気城跡の切通しと外房線の残り香。
御蛇ヶ池の切通しへ
『笠森観音』へ。
終わり。

創立100周年と大書きされたとても立派な記念碑を見ると、明治34年(1901年)に久留里町立福野尋常小学校として設立し、平成14年(2002年)3月に100周年&閉校してます。閉校時の児童数は6名とある。

児童数は最初は21名、最盛期は昭和30年代末~40年代初頭の70名。昭和49年には「宿日直廃止」とあるので昔は先生の宿直があったのか・・とんでもなく静かで星の綺麗な夜だったんだろう。

平成9年には既に児童数は9名とかなり少なくなっているが、好意的に解釈すると100周年を迎える平成14年まで閉校しなかったということであろうか。

小さな校庭の真ん中には校舎を軽々と超える一本の木があるが、休み時間にこれに登って怒られた奴は必ずいただろう。

消えかけていて何だか良く分からん。

そういえば川谷の素掘りからここへ来る途中、山の中に突然に集落が出てきます。
その集落とこの福野小学校は2キロ以上もあるのだが、何個か通学路の看板がありました。2キロ以上もある山道を歩きで子供達は通っていたとすると、相当足が鍛えられそうです。

成長し続ける木々に埋もれてしまいそうな小さな校舎でした。

以上
□■□■□■□■□
房総半島の素掘りトンネル一覧
↓月崎あたり↓
月崎の素掘りトンネルとアートへ。
月崎の素掘りトンネルと大山千枚田へ(2013年8月)。
月崎(ついでに茂原)の素掘りトンネルへ(2013年9月)。
涼を求めて房総の素掘りトンネルへ(2015年8月)
↓市原市↓
素掘りの日天様トンネルへ。
上総大久保周辺の素掘りトンネルへ。
平蔵の素掘りトンネルとか
↓富津市↓
『燈籠坂大師貫通洞』へ。
竹岡駅から『燈籠坂大師貫通洞』へ。
富津市竹岡と金谷の素掘トンネルへ。
↓その他いろいろ↓
山根稲荷参道の素掘りトンネルへ。
長南町の素掘りトンネルへ。
『赤山地下壕跡(館山市)』へ。
館山の素掘りトンネルと赤山地下壕跡へ。
南房総市の素掘りトンネルへ。
↓茂原市↓
茂原市の素掘りトンネルへ(2015年6月・前編)
茂原市の素掘りトンネルへ(2015年6月・後編)
茂原市その他の素掘りトンネルへ(2015年6月・追記)
茂原市の素掘りトンネルへ(2017年5月)
↓君津市↓
君津市川谷の素掘りトンネルふたつと怒田の廃校。
君津市大坂と二入の素掘りトンネルへ。
君津市平田の素掘りトンネルと鹿野山観光へ。
千本城址(君津市)の素掘りトンネルへ
千本城址(君津市)の素掘りトンネルへ
君津市豊英の素掘りトンネルへ。
君津市豊英の素掘りトンネルへ。(もうひとつ)
石射太郎山あたりの素掘りトンネルへ
↓とりあえずダム↓
三島湖の素掘りトンネルへ。
三島湖の素掘りトンネルへ。(再訪)
三島ダム・戸面原ダム周辺と大山千枚田。
亀山湖と養老周辺の素掘りトンネルへ。
↓鵜原↓
房総 鵜原理想郷へ。(前編)
房総 鵜原理想郷へ。(中編)
房総 鵜原理想郷へ。(後編)
房総の海と素掘りと鵜原理想郷(前編)
房総の海と素掘りと鵜原理想郷(後編)
↓大多喜町とか↓
『会所の森 親水広場』の素掘りトンネルへ。
大多喜町小土呂の素掘りトンネルへ。
養老渓谷の素掘りトンネルふたつ。
↓大網白里↓
大網白里町の素掘りトンネルふたつ。
大網白里市砂田の素掘りトンネルとか(前編)
大網白里市砂田の素掘りトンネルとか(後編)
切通しもどうぞ。
土気城跡の切通しと外房線の残り香。
御蛇ヶ池の切通しへ
『笠森観音』へ。
終わり。
