2019.8.29
  の続き
小さな温泉街を抜けた所にある亀若橋を渡ると、川に柱が立っていてその上にはコンクリの土台が・・・この向こうには家が建っていたので、この上にも元々家があったっぽいですね。
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川の向こうには小さな瀬見温泉の旅館街が見えるけど半分くらい潰れていた気がします・・・今は温泉街全体でも旅館は8軒しかありません。
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ここには歓楽街どころかスナックの一軒もありません。飲食店は1.2軒?なのかな。住宅地とも離れているので本当にこじんまりとした温泉地でした。ゆっくりと湯治するには良いかも知れません。
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さっきの薬研湯が左端の河原に見えます。それからパンフレットには「義経・弁慶伝説ガイド」と書いてありましたが、正直大した内容ではありません。義経の伝説なんて何作ったって許されそうだから「義経が初めてここで温泉卵を作りました」とか「弁慶が体の傷を癒したらついでになぎなたの刃こぼれまで治った」とかで売り出しても良いのでは?
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こちらは義つね亭、色あせた甲冑の武士が怖いです。
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一番奥に見えるのは
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否が応でも目に入りまくる瀬見温泉の重鎮「喜至楼本館」です。
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この本館部分は明治元年の建築と言うことです。
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この1階部分がお風呂ですかね?
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・‥…━━━☆・‥…━━━☆
そんな喜至楼本館の横におまけの様にあるのは湯前神社です。
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最初は手水舎かと思ったけど飲泉所でした。令和元年6月25日付の水質検査結果書によると64..5℃ということです。
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説明書きによると、彫り物は初代出羽の勘七木竜の作と言われているそうです。
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読めないし知らないです。まあ彫り物師なんて左甚五郎(ニセモノ含む)しか知りませんけどね。
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これは喜至楼本館の裏側
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沢の水なのか井戸の水なのかは分かりませんが、とにかく水が豊富な温泉街です。
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この横には喜至楼の本館と別館を繋ぐ廊下がありました。
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なんと!あの岩でもなんでも砕いてきた弁慶の上半身がスパッと切られていました。
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上半身も残ってました。それにしてもあの弁慶が切られるとは・・・瀬見温泉の夜道には気を付けましょう。
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武者と姫の顔ハメ看板もありました。でも汚れそうだからここに顔突っ込みたくないな・・・
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続く
ということで駅の近くの看板には「義経・弁慶発見 瀬見温泉」と書かれた看板がありました。文治3年(1187年)の春に何やかんやで義経・弁慶が発見したのが由来だそうです。
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「リゾートトレインみのり」のデビューは2007年、新型って書いてあるからその頃作ったものでしょう。
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「JR新庄駅」って書いてあります。使わなくなったからここに置いたのでしょうか?
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絶妙な曲がり具合で緑の向こうに消えて行きます。
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草むらだと思ってだけど、こっち側にもホームがあったのか。
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 に続く
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この旅の行程











終わり