2019.8.29
陸羽東線・西線の旅2日目中編(南新庄とか) の続き
鳴子温泉の次は堺田駅で降りました。その名の通り500mほど西側には宮城県との県境があります。でも普通は「境目」とか「県境」は「境」ですよね?ここはなぜ「堺」なのでしょうか?

昔は2面2線だったのですね。こんなに長いホームがあるけど、今は2両編成しか停まりません。

そしてホームには電話ボックスがありました。

でも標高自体は338mしかないので、そんなに県境というか太平洋側と日本海側の境目という感じはしません。


ここがまさしく「分水嶺」です。「日本海」としか書かれていませんが、「東海」も表記しとかないと良く分からん団体からクレーム来ませんかね?

北から流れてくる小さな水路がここで無理やり曲がって、

ぴったり90度曲がって西側(日本海側)進みます。

そしてその先で丁字路の様に日本海側(上側)と太平洋側に別れます。

ちょっと強引でしょうかね?

・‥…━━━☆・‥…━━━☆
国道に出た所にあった「旧有路家住宅(通称「封人の家」)」 最上町のwebによると、国境を守る役人の家のことで、仙台領と境を接する新庄領堺田村の庄屋家、つまりこの旧有路家住宅であったといわれています。元禄2(1689)年に芭蕉は2泊3日にわたって「封人の家」に逗留したそうです。

江戸前期の俳人、松尾芭蕉が「奥の細道」を旅して今年で330年を迎えたそうですが、330年とはどうにも訴求力が弱い気がします。昔住んでいた家の近くの居酒屋が「開店9周年記念セール」をやっていたのを思い出しました。

特に中を見たいとも思わなかったのでこれでおしまい。

ということで境田駅に戻る事にしましょう。

何だか境田駅に続く小道が北海道のそれの様に見えました。

続く
陸羽東線・西線の旅2日目中編(南新庄とか) の続き
鳴子温泉の次は堺田駅で降りました。その名の通り500mほど西側には宮城県との県境があります。でも普通は「境目」とか「県境」は「境」ですよね?ここはなぜ「堺」なのでしょうか?

昔は2面2線だったのですね。こんなに長いホームがあるけど、今は2両編成しか停まりません。

そしてホームには電話ボックスがありました。

でも標高自体は338mしかないので、そんなに県境というか太平洋側と日本海側の境目という感じはしません。


ここがまさしく「分水嶺」です。「日本海」としか書かれていませんが、「東海」も表記しとかないと良く分からん団体からクレーム来ませんかね?

北から流れてくる小さな水路がここで無理やり曲がって、

ぴったり90度曲がって西側(日本海側)進みます。

そしてその先で丁字路の様に日本海側(上側)と太平洋側に別れます。

ちょっと強引でしょうかね?

・‥…━━━☆・‥…━━━☆
国道に出た所にあった「旧有路家住宅(通称「封人の家」)」 最上町のwebによると、国境を守る役人の家のことで、仙台領と境を接する新庄領堺田村の庄屋家、つまりこの旧有路家住宅であったといわれています。元禄2(1689)年に芭蕉は2泊3日にわたって「封人の家」に逗留したそうです。

江戸前期の俳人、松尾芭蕉が「奥の細道」を旅して今年で330年を迎えたそうですが、330年とはどうにも訴求力が弱い気がします。昔住んでいた家の近くの居酒屋が「開店9周年記念セール」をやっていたのを思い出しました。

特に中を見たいとも思わなかったのでこれでおしまい。

ということで境田駅に戻る事にしましょう。

何だか境田駅に続く小道が北海道のそれの様に見えました。

そしてお次は県境を越えてお隣の中山平温泉駅へ。13時57分に着いて15時8分の新庄行きで折り返すので1時間ちょっとあります。

駅前にあったのは大正6(1917)年に駅の開業記念で植樹された「よしの桜」、100年以上とは素晴らしい。元々は6本植樹されたけど、道路整備などで少しずつ減ってしまって今ではこの1本だけ残っているそうです。


駅前には20軒くらいの家々と商店が立ち並んでいました。この中山平簡易郵便局は平成元年の開業だそうです。

でも元気に営業してたのはこのお店くらいでした。昭和2年創業の倉加屋さんです。


イイダストアーは平成元年に開店したそうですが、このゆるーく曲がっている駅前商店街はいつ頃まで栄えていたのでしょうか。


踏切から駅を見るとその向こうには奥羽山脈が見えます。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆
そしてこの「暴力のない観光地をつくろう」という破壊力ある看板とC58、こんな道路で良く見る柵の向こうに適当に置いてあるSLも珍しいと思います。

このSLの説明書きもないし、状態を見ると保存と言うよりは「置いてます」という感じです。


・‥…━━━☆・‥…━━━☆
元々は駅から1kmくらい離れた日帰り温泉に行こうかと思ったけど、ホームの向こう側の三之亟湯という旅館でも日帰り温泉をやっていたのでそこに行く事にしました。読めなかったので旅館の人に聞いたら「さんのじょうゆ」と読むそうです。

自家源泉でした。でもこの辺りの温泉はだいたい自家源泉なんだそうです。そしてここがまた今までで一番くらいに非常にトロットロのツルッツルなお湯で驚きました。

ナトリウム炭酸水素塩泉(旧泉質名 純重曹泉)でpH値:8.4ということですが、どの成分が多いとこんなにトロットロになるのでしょうか。お隣の鳴子温泉とは全然違うお湯でしたが、どうやら一口に中山平温泉といっても色んな種類の源泉があるみたいです。

そしてこの後は一気に山形駅まで行きました。
陸羽東線・西線の旅.3日目前編(番外編:左沢線) へ続く
□■□■□■□■□
この旅の行程
陸羽東線・西線の旅.1日目(鶴岡とか)
陸羽東線・西線の旅.2日目前編(瀬見温泉)
陸羽東線・西線の旅.2日目中編(南新庄とか)
陸羽東線・西線の旅.2日目後編(堺田と中山平温泉)
陸羽東線・西線の旅.3日目前編(番外編:左沢線)
陸羽東線・西線の旅.3日目後編(番外編)
陸羽東線・西線の旅.4日目前編(狩川駅)
陸羽東線・西線の旅.4日目中編(清川とか)
陸羽東線・西線の旅.4日目後編(清川と余目とか)
終わり

駅前にあったのは大正6(1917)年に駅の開業記念で植樹された「よしの桜」、100年以上とは素晴らしい。元々は6本植樹されたけど、道路整備などで少しずつ減ってしまって今ではこの1本だけ残っているそうです。


駅前には20軒くらいの家々と商店が立ち並んでいました。この中山平簡易郵便局は平成元年の開業だそうです。

でも元気に営業してたのはこのお店くらいでした。昭和2年創業の倉加屋さんです。


イイダストアーは平成元年に開店したそうですが、このゆるーく曲がっている駅前商店街はいつ頃まで栄えていたのでしょうか。


踏切から駅を見るとその向こうには奥羽山脈が見えます。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆
そしてこの「暴力のない観光地をつくろう」という破壊力ある看板とC58、こんな道路で良く見る柵の向こうに適当に置いてあるSLも珍しいと思います。

このSLの説明書きもないし、状態を見ると保存と言うよりは「置いてます」という感じです。


・‥…━━━☆・‥…━━━☆
元々は駅から1kmくらい離れた日帰り温泉に行こうかと思ったけど、ホームの向こう側の三之亟湯という旅館でも日帰り温泉をやっていたのでそこに行く事にしました。読めなかったので旅館の人に聞いたら「さんのじょうゆ」と読むそうです。

自家源泉でした。でもこの辺りの温泉はだいたい自家源泉なんだそうです。そしてここがまた今までで一番くらいに非常にトロットロのツルッツルなお湯で驚きました。

ナトリウム炭酸水素塩泉(旧泉質名 純重曹泉)でpH値:8.4ということですが、どの成分が多いとこんなにトロットロになるのでしょうか。お隣の鳴子温泉とは全然違うお湯でしたが、どうやら一口に中山平温泉といっても色んな種類の源泉があるみたいです。

そしてこの後は一気に山形駅まで行きました。
陸羽東線・西線の旅.3日目前編(番外編:左沢線) へ続く
□■□■□■□■□
この旅の行程
陸羽東線・西線の旅.1日目(鶴岡とか)
陸羽東線・西線の旅.2日目前編(瀬見温泉)
陸羽東線・西線の旅.2日目中編(南新庄とか)
陸羽東線・西線の旅.2日目後編(堺田と中山平温泉)
陸羽東線・西線の旅.3日目前編(番外編:左沢線)
陸羽東線・西線の旅.3日目後編(番外編)
陸羽東線・西線の旅.4日目前編(狩川駅)
陸羽東線・西線の旅.4日目中編(清川とか)
陸羽東線・西線の旅.4日目後編(清川と余目とか)
終わり
