2019.8.29
 の続き
鳴子温泉の次は堺田駅で降りました。その名の通り500mほど西側には宮城県との県境があります。でも普通は「境目」とか「県境」は「境」ですよね?ここはなぜ「堺」なのでしょうか?
DSC_0658
昔は2面2線だったのですね。こんなに長いホームがあるけど、今は2両編成しか停まりません。
DSC_0661
そしてホームには電話ボックスがありました。
DSC_0654

でも標高自体は338mしかないので、そんなに県境というか太平洋側と日本海側の境目という感じはしません。
DSC_0625
DSC_0651
ここがまさしく「分水嶺」です。「日本海」としか書かれていませんが、「東海」も表記しとかないと良く分からん団体からクレーム来ませんかね?
DSC_0626
北から流れてくる小さな水路がここで無理やり曲がって、
DSC_0632
ぴったり90度曲がって西側(日本海側)進みます。
DSC_0634
そしてその先で丁字路の様に日本海側(上側)と太平洋側に別れます。
DSC_0630
ちょっと強引でしょうかね?
DSC_0635

・‥…━━━☆・‥…━━━☆
国道に出た所にあった「旧有路家住宅(通称「封人の家」)」 最上町のwebによると、国境を守る役人の家のことで、仙台領と境を接する新庄領堺田村の庄屋家、つまりこの旧有路家住宅であったといわれています。元禄2(1689)年に芭蕉は2泊3日にわたって「封人の家」に逗留したそうです。
DSC_0644
江戸前期の俳人、松尾芭蕉が「奥の細道」を旅して今年で330年を迎えたそうですが、330年とはどうにも訴求力が弱い気がします。昔住んでいた家の近くの居酒屋が「開店9周年記念セール」をやっていたのを思い出しました。
DSC_0642
特に中を見たいとも思わなかったのでこれでおしまい。
DSC_0636

ということで境田駅に戻る事にしましょう。
DSC_0648
何だか境田駅に続く小道が北海道のそれの様に見えました。
DSC_0650
続く
そしてお次は県境を越えてお隣の中山平温泉駅へ。13時57分に着いて15時8分の新庄行きで折り返すので1時間ちょっとあります。
DSC_0684
駅前にあったのは大正6(1917)年に駅の開業記念で植樹された「よしの桜」、100年以上とは素晴らしい。元々は6本植樹されたけど、道路整備などで少しずつ減ってしまって今ではこの1本だけ残っているそうです。
DSC_0686
DSC_0692

駅前には20軒くらいの家々と商店が立ち並んでいました。この中山平簡易郵便局は平成元年の開業だそうです。
DSC_0662
でも元気に営業してたのはこのお店くらいでした。昭和2年創業の倉加屋さんです。
DSC_0664
DSC_0665
イイダストアーは平成元年に開店したそうですが、このゆるーく曲がっている駅前商店街はいつ頃まで栄えていたのでしょうか。
DSC_0671
DSC_0672
踏切から駅を見るとその向こうには奥羽山脈が見えます。
DSC_0674
・‥…━━━☆・‥…━━━☆
そしてこの「暴力のない観光地をつくろう」という破壊力ある看板とC58、こんな道路で良く見る柵の向こうに適当に置いてあるSLも珍しいと思います。
DSC_0666
このSLの説明書きもないし、状態を見ると保存と言うよりは「置いてます」という感じです。
DSC_0669
DSC_0694
・‥…━━━☆・‥…━━━☆
元々は駅から1kmくらい離れた日帰り温泉に行こうかと思ったけど、ホームの向こう側の三之亟湯という旅館でも日帰り温泉をやっていたのでそこに行く事にしました。読めなかったので旅館の人に聞いたら「さんのじょうゆ」と読むそうです。
DSC_0682
自家源泉でした。でもこの辺りの温泉はだいたい自家源泉なんだそうです。そしてここがまた今までで一番くらいに非常にトロットロのツルッツルなお湯で驚きました。
DSC_0675
ナトリウム炭酸水素塩泉(旧泉質名  純重曹泉)でpH値:8.4ということですが、どの成分が多いとこんなにトロットロになるのでしょうか。お隣の鳴子温泉とは全然違うお湯でしたが、どうやら一口に中山平温泉といっても色んな種類の源泉があるみたいです。
DSC_0679
そしてこの後は一気に山形駅まで行きました。
 へ続く
□■□■□■□■□
この旅の行程











終わり