2019.8.31
 の続き
ということで4日間の旅もこれで終わりを迎えます。御殿林を抜けると(元)清川小学校の体育館の脇に出てきました。この林の小路を通学路にしていた子供もいたでしょう、何とも風流な通学路です。
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1902(明治35)年、ここ清川から新庄の手前にある本合海まで最上川を利用した定期航路が出来て、最盛期には船数77隻・船乗り184人・人力車108台もあったそうです。でも1914(大正3)年の鉄道の開通と共に徐々に衰退していったということで、ちょっと短めの最盛期だったのかも知れません。
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清川は関所があったり出羽三山詣での登拝口だったりと、明治初年には旅館が13軒もあったそうです。
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そしてここ清川は松尾芭蕉が最上川を下って上陸した場所だそうですが、川を下ってからの陸への上陸ってそんなにすごく無さそうな気もしますが・・・明治ビタ牛乳のベンチ
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裏は「パイゲンC」
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ポッキーの壁時計・・この子供っぽい人は牧瀬里穂でしょうか?1990年代前半かな?
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行きに寄った御諸皇子神社の参道です。ということでこの後は清川駅から余目駅に向かいました。
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お次は余目駅で降ります。余目で降りたのは日帰り温泉の「町湯」に入るためです。駅からは10分くらい歩きそうだったので、駅前の施設でレンタサイクル借りました。
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階段と駅名が鮮やかな黄色でした。これは雪降っても分かりやすい様にでしょうか?
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この旅は1日目は瀬見温泉に泊まって源泉かけ流し、2日目は日帰り温泉の中山平温泉「三之亟湯」の源泉かけ流し、3日目は置賜の「賜の湯」の源泉かけ流し、そしてこれから行く「町湯」も源泉かけ流しといことで毎日かけ流しであります。
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駅前の商店街は少し寂しい感じです。
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低めのハンコ看板
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今の若い人って実印と認印の違いって知ってる?
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そして三叉路には「中央通り商店街」の看板がありました。
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今はもうお店はほとんどやっていない様でした。
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そして中央通り商店街の脇にはこれまた大きな屋根を持つ倉庫群がありました。
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角が良し
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かなり大きな規模の倉庫でした。さすが米どころの庄内であります。
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この屋根の上でこけたら危険です。何回転もして地面に叩きつけられることでしょう。どんなに上手く受け身を取ってもあれです。
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この余目駅近くの商店街はラーメン屋さんだけ元気でした。有名なのかかなり人が並んでいました。
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ということで「町湯」に入ってから駅に戻りつつ商店街をぶらぶらしました。源泉かけ流しだけど、注がれている湯量は少なかったです。でも450円で露天もあったのでお得だと思います。
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せっかく温泉にも入ったし、自転車のペダルの踏み込みを出来る限りソフトにして発汗量を抑えることにしました。
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続く
余目から酒田まではちょうど良い普通列車がなかったので、ちょっとだけ「特急いなほ」に乗ったんだけどこんな色してましたっけ?
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そして酒田駅からは庄内空港行きのバスに乗ります。
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駅前の空き地には1997年までジャスコがあったそうです。今は「酒田市コミュニケーションポート(仮称)」という複合施設を建設中で、2022年4月にグランドオープンを予定してます。
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しかしまぁ今の酒田駅前は駅前にコンビニも無いし、これといった商業施設も飲食店も無いし、新しい複合施設で人の流れが戻ってきて欲しいですね。
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ということで空港行きのバスに乗ってこの旅も終わりました。
以上
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この旅の行程











終わり