2022.4.9
中込駅前をぶらぶら(後編) の続き
今回は1泊2日の旅です。中央本線から小海線に乗り換えて小諸に泊まりましたが、泊まったホテルの大浴場は大目に見ても中浴場でした。そして今は使われていなさそうなチャペルが併設されていました。

上田の水商売の求人がここまで。小諸に来たのは懐古園の桜が有名らしいので「4月9日なら結構咲いているのは無いか?」と思った事もあったのですが、桜は硬いつぼみのままでこれっぽっちも咲いていませんでした。

ちなみに朝6時頃にホテルを出まして1時間ほど散策した後に朝食のバイキングを美味しく食べる予定だったのですが、結果的に8時過ぎまで歩き回ってしまいました。

この建物は江戸時代の小諸宿の本陣と問屋を兼ねていた上田家の住宅で、明治時代中頃に田村家の所有となって平成5(1993)年に田村和夫氏より市に寄贈されたとのこと。

令和の大改修だそうです。この建物見るまで全く知らなかったので残念でも無かったです。


ということでしなの鉄道の線路を超える所から東に向かって北国街道をひたすら歩くこととなりました。


・‥…━━━☆・‥…━━━☆
こちらは旧小諸脇本陣です。旅籠(はたご)であり、西側の数軒先にある重要文化財旧小諸本陣を補うために造られた江戸時代末の脇本陣施設です。


既にそこそこな坂を登ってきました。

街道沿いには色んな元商店がありました。

プラスってめちゃくちゃ身近に製品はあるのに会社名はあまり知られていないと思います。

色んな時代の建物がありました。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆
北国街道から北の方に141号線を見ます。

気になって撮ったお蕎麦屋の建物は1885(明治18)年に建てられた、132年もの歴史を持つ総欅造りの黒い漆喰で仕上げられた土蔵だそうです。ソバも旨そうであります。


南を見ると駅の方に向かう国道141号線です。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆
ここ小諸市は中山道追分宿(今の軽井沢)から分かれて、北国街道最初の宿場町として栄えたそうです。

「SANYO 月販ストア」 なるほど月賦販売の略なのか。ぶら下がっている裸電球が何とも良い味を出しております。

いつ頃から商売されていたのでしょうか。かなりの歴史がありそうです。


それにしてもとんでもない奥行きがありますね。


そして2階建ての長屋がありました。

さすがに早朝なので車もほとんど通っていませんでした。

こちらは大塚魚店旧店舗 間口14mの木造2階建。正直なところ「何だ小諸はこんなもんか・・・」と思ったけど、この先は個人的には小諸市が観光客に押している建物群とは違う所にどんどん惹かれてしまいました。

早朝の小諸をぶらぶら(2/7編) へ続く
□■□■□■□■□
小諸に1泊二日で行った旅
1日目
寝過ごして信濃境駅へ
清里駅前をぶらぶら(前編)
清里駅前をぶらぶら(後編)
中込駅前をぶらぶら(前編)
中込駅前をぶらぶら(後編)
2日目
早朝の小諸をぶらぶら(1/7編)
早朝の小諸をぶらぶら(2/7編)
早朝の小諸をぶらぶら(3/7編)
早朝の小諸をぶらぶら(4/7編)
早朝の小諸をぶらぶら(5/7編)
早朝の小諸をぶらぶら(6/7編)
早朝の小諸をぶらぶら(7/7編)
岩村田駅前をぶらぶら
臼田駅前をぶらぶら
臼田と小淵沢駅前をぶらぶら
終わり
中込駅前をぶらぶら(後編) の続き
今回は1泊2日の旅です。中央本線から小海線に乗り換えて小諸に泊まりましたが、泊まったホテルの大浴場は大目に見ても中浴場でした。そして今は使われていなさそうなチャペルが併設されていました。

上田の水商売の求人がここまで。小諸に来たのは懐古園の桜が有名らしいので「4月9日なら結構咲いているのは無いか?」と思った事もあったのですが、桜は硬いつぼみのままでこれっぽっちも咲いていませんでした。

ちなみに朝6時頃にホテルを出まして1時間ほど散策した後に朝食のバイキングを美味しく食べる予定だったのですが、結果的に8時過ぎまで歩き回ってしまいました。

この建物は江戸時代の小諸宿の本陣と問屋を兼ねていた上田家の住宅で、明治時代中頃に田村家の所有となって平成5(1993)年に田村和夫氏より市に寄贈されたとのこと。

令和の大改修だそうです。この建物見るまで全く知らなかったので残念でも無かったです。


ということでしなの鉄道の線路を超える所から東に向かって北国街道をひたすら歩くこととなりました。


・‥…━━━☆・‥…━━━☆
こちらは旧小諸脇本陣です。旅籠(はたご)であり、西側の数軒先にある重要文化財旧小諸本陣を補うために造られた江戸時代末の脇本陣施設です。


既にそこそこな坂を登ってきました。

街道沿いには色んな元商店がありました。

プラスってめちゃくちゃ身近に製品はあるのに会社名はあまり知られていないと思います。

色んな時代の建物がありました。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆
北国街道から北の方に141号線を見ます。

気になって撮ったお蕎麦屋の建物は1885(明治18)年に建てられた、132年もの歴史を持つ総欅造りの黒い漆喰で仕上げられた土蔵だそうです。ソバも旨そうであります。

北国街道と141号線の交差点にあった旧大塚酒店 大正時代に大塚酒造の酒の貯蔵蔵(三階建)に併設した集会所と小売部として建設されました。建物は土蔵造りで石積みの地下室があるとの事。

南を見ると駅の方に向かう国道141号線です。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆
ここ小諸市は中山道追分宿(今の軽井沢)から分かれて、北国街道最初の宿場町として栄えたそうです。

「SANYO 月販ストア」 なるほど月賦販売の略なのか。ぶら下がっている裸電球が何とも良い味を出しております。

いつ頃から商売されていたのでしょうか。かなりの歴史がありそうです。


それにしてもとんでもない奥行きがありますね。


そして2階建ての長屋がありました。

さすがに早朝なので車もほとんど通っていませんでした。

こちらは大塚魚店旧店舗 間口14mの木造2階建。正直なところ「何だ小諸はこんなもんか・・・」と思ったけど、この先は個人的には小諸市が観光客に押している建物群とは違う所にどんどん惹かれてしまいました。

早朝の小諸をぶらぶら(2/7編) へ続く
□■□■□■□■□
小諸に1泊二日で行った旅
1日目
寝過ごして信濃境駅へ
清里駅前をぶらぶら(前編)
清里駅前をぶらぶら(後編)
中込駅前をぶらぶら(前編)
中込駅前をぶらぶら(後編)
2日目
早朝の小諸をぶらぶら(1/7編)
早朝の小諸をぶらぶら(2/7編)
早朝の小諸をぶらぶら(3/7編)
早朝の小諸をぶらぶら(4/7編)
早朝の小諸をぶらぶら(5/7編)
早朝の小諸をぶらぶら(6/7編)
早朝の小諸をぶらぶら(7/7編)
岩村田駅前をぶらぶら
臼田駅前をぶらぶら
臼田と小淵沢駅前をぶらぶら
終わり

コメント
このブログにコメントするにはログインが必要です。
さんログアウト
この記事には許可ユーザしかコメントができません。