2022.4.9
 の続き

ということで小諸駅の次は岩村田駅で降りました。いわむら「だ」と読むそうです。ちなみにこの旅は青春18きっぷの消化が第一で、小海線に乗ったことが無い事と運が良ければ小諸の桜も見頃だろうということで決めたのですが、小諸の桜はまだ全てがつぼみでした。

ということで小海線沿線の商店街巡りになりました。商店街の端っこの歩道橋から北に見えるのは浅間山でしょうか。
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岩村田には500mほど続く商店街がありました。地方の都市というと中心駅があってその周りに商店街や官公庁街があるイメージですが、この佐久市というのは複数の駅周辺また駅から離れた所にも色々な商店街がありました。
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座敷のスナックってどういうスタイルのお店なのか気になります。
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「あさや旅館」今は食事だけだそうです。
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道の向こう側に行くのが面倒になったのでここから日広社の商工案内図です。そして佐久というと佐久長聖高校が一番に出てきますが、人それぞれ思い浮かべる出身選手は違う事でしょう。私は長距離陸上選手の佐藤悠基であります。そうですかなり前の記憶でございます。
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駅降りて東に300mほどでこの商店街がありまして、後から知りましたが駅の西側にすぐにその佐久長聖高校とカインズ・ベイシア・ゼビオそしてダメ押しでイオンモール様がありました。これは強敵(トモ)であります。
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商店街のなかに岩村田ゴールデン街という横丁がありました。
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夜はどのくらいのお店がやっているのでしょう。
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行き止まりにはトイレがありました。今はトイレが外にある飲み屋街はほぼないでしょう。
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不安な木製階段です。
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私設?の道をまたぐ案内板がありました。「喫茶スナック 茶王」強いのか弱いのか分からんですね。岩村田は中山道で江戸から数えて22番目の宿場で、米穀の集積地として物資輸送上で大きな役割を果たしていたそうです。
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中山道が北から来て西へ抜け、北西の小諸へ行く道、南へ下って野沢を経て甲州へ行く道、東の香坂峠を越えて上州下仁田へ行く道が交わる交通の要所でもあると。でもここから下仁田に行く用事ってコンニャク買うくらいでは?
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岩村田地区は中込地区と並んで佐久平駅が開業する以前の佐久市の中心地の一つでありました。そもそも駅が出来る前から街道・宿場町としての繁栄が先なので色んな所に商店街があるのでしょう。
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新幹線で得する人と損する人といるのは仕方が無い事ですね。もし長野オリンピックが開催されていなかったらフル規格の新幹線が開通していなかったら、佐久や小諸は今頃どうなっていたのでしょう。
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レマト
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出口危険一旦停止 レマト
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出口危険一旦停止 出た先は商店街の歩道なのでたしかに危険です。
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こういう書店も少なくなってきました。
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2階から上は結構自由な感じですね。そしてこの道は佐久ICに繋がっているのでそこそこ交通量はありました。
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という事で次の列車までちょうど1時間なのでそろそろ駅に向かいましょう。
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メートルは米 これ読める人はある程度の年齢でしょう。
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ということで岩村田駅です。
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  へ続く
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小諸に1泊二日で行った旅
1日目


2日目


終わり