2026.1.6
撮影データ見たら2024年10月と1年以上前でした・・・たしか連休でやる事無かったので早起きして車で行って、帰りの渋滞にはまるのも嫌なのでお昼過ぎにはさっさと帰った記憶があります。
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WEBをみると水戸市営平須町団地は全22棟(3DK17棟・2K5棟)3DKの方は昭和56~59年の竣工です。でも案内図だと小さい2Kの棟は6棟ありますね。
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相当くたびれておりますね。この2Kのタイプは募集停止になっておりました。それにしてもフェンスここまで大きく穴を開けるにはかなりの労力が必要です。
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給水塔は昭和57年9月竣工、高さは27.35mです。
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乱視
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この公園自体がロケット公園という名前です。
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こちらはトンネル公園です。自分が子供の頃は、それこそドラえもんの空き地みたいによく公園に土管が置いてありましたが、あれは一体何だったんでしょう・・・今考えるともったいない話です。
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給水塔もあって高架水槽もあります。ということでこれで水戸市営平須町団地は終わります。
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お次の水戸市営六番池住宅の案内図はもう何が何だか・・・昭和55年竣工です。WEBを見ると間取りは約57㎡・60㎡で3DKです。DK以外の3部屋は和室という時代を感じる間取りでした。
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この団地の横に明らかに無駄に広い児童公園があったので、六番池という地名も相まって池でもあったのではないか?と思うとやはり元々沼地だった様です。_DSC8215
江戸時代、水戸藩の2代藩主徳川光圀の命により、何やかんやでここ笠原~市街~細谷まで全長約10kmの水道が完成したそうで、ここから北東に4㎞ほど先の水源地には「浴徳泉記」の碑が建っているそうです。水が豊かなエリアだったのでしょう。
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名前付住宅地図を久し振りに見ました。
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ここ笠原地区は、1999年の茨城県庁移転を契機として、急速に都市化が進展したという事です。昔は撃ちたいほどに田舎だったのでしょうが、今ここで撃ったらまずは精神鑑定から始まることでしょう。
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続く
そしてこちらは茨城県営六番池アパートです。茨城県住宅管理センターのWEBによると、昭和49年竣工の管理開始は翌昭和50年ということでちょうど50年ですね。敷地の端っこに給水塔がありました。
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ここには給水塔を見に来たのですが建物がとても良かった。
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階段の途中に玄関があるのでポストまでが少々遠いです。
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団地の真ん中に小さな丘があってそれをぐるっと囲むように住宅棟がありました。子供がたくさん居た頃は相当賑やかだったことでしょう。
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さっき見たのは「水戸市営六番池住宅」で、ここは「茨城県営六番池アパート」と紛らわしい事この上ないが、水戸市営の方が5年も遅いのであっちの責任ですね。
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「給水塔がある方」と説明しても両方あるのでこれも困ります。建物が白い方か茶色い方が一番分かり良いでしょう。いやロクジュウかロクアパかも知れません。
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階段そして階段
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そして最後は渡り廊下
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とても贅沢な敷地の使い方です。
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バルコニー回りがどうにもラーメンのマークに見えてきます。
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それにしてもこれは誤投函を誘いますね
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ということで急ですが、水戸の団地(給水塔)巡りを終わります。